DATE: CATEGORY:thinking
■限りなく不健康に近い、ぎりぎりのラインで、でも非常に大きな崩れというのはなく生活していくのと、
表面的には何の問題もなく、ためこんでためこんでまれにでる症状が非常に大きいというのは、どっちがいいんだろう?
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DATE: CATEGORY:psychology
もちろん私を含めて
心理職を目指す人って、「心理職」に対して
憧れというか、万能感とは違う意味で期待感というか、
そういうものを抱いているなぁと感じるところが多い。
専門職という驕り、というか。

働く前は、
(当然)憧れて期待を膨らませているし
(それが悪いことなのではなく)
中心に勉強してきているのはそういう内容だと思うから、

心理の仕事=面接室でカウンセリング・心理療法。

といったふうなイメージが大きい。

一方で、
福祉寄りの仕事、
ケースワーク、
受付や電話応対・・・。

当然そういった仕事もこなさなければならない。
(むしろそっちが重要という場合も多々あるだろうし)

そういう仕事は心理の仕事じゃないです、と線引きをしてしまうのは違うんじゃないの?と思う。

例えば受付一つにしても、
心理の私だからできる応対の仕方があると思うし、
そうありたいし。
あまり深く意識せずに淡々とこなす人がやってる受付と、
心理の私がやってる受付は違うんだぞ、とはっきり言えるような心構え。
自分の側のテーマだね。これは。

そこが心理として重要なところだよね、と。
そこが心理としてのアイデンティティなんだと思う。

で、欲を言うなら、
接する方にも、そう思われたい。

心理として仕事を選ぶんじゃなくて、
仕事に心理の役割とか意義とか見出していく。

まず仕事ありき。


いまやってる仕事は心理の仕事じゃない、なんか違う、
という前に、考えなければならないことは沢山あるはずだ。

心理屋を標榜する私がそこで何が出来るか。
細かい行動ひとつひとつに
心理としてどう動くか。
そういうことを常に頭にいれておきたい。

あの人はステキな人だなぁって思う人は、
やっぱり細かいところにまで心理としての気配りが行き届いているというか、
色んな行動に心理としての意味を持たせられるというか。

いいなぁと思う。
私もそういううふうにありたい。
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DATE: CATEGORY:diary
昔、何かの番組で、
『片思いの相手を一番どきっとさせるメールの文章は?』
みたいなことをやっていたのを思い出した。

そこで出たNo.1は
「でんわしても いいですか」

だった(はず)んだけど。

ちなみに、『いいですか』のあとに
『?』は付けちゃいけないらしい。

まぁそれはおいといて、
先日友人と飲んでいたとき、

「(メールじゃなくて)電話がいい」という話が出た。

私は、
携帯電話って
突然今までの自分の時間とかなにかがぷっつりきれて、
関係が急激に迫ってくる・入り込む感覚がしてすごく苦手だったので、

「どうして?」と聞いたら、
「声が聴きたい」と言った。

昔、携帯・メールがこんなに普及していなかったころは、
家の電話にかけることは

ドキドキすることだったし、
落ち着かなくて、
もともと苦手だった私は台詞なんか考えたりしてたなぁ。


相手とつながりたいと思うために、電話という選択をする。

欲しいのは文字じゃなくて、
リターンのくりかえしじゃなくて、
血の通った会話であり、
耳から聞こえる息づかい。
その場で情緒の交錯があること。
沈黙さえもそこで同時に起こる二人の体験として残る。

文字からの想像ではなく、
体験として相手を感じられるものが必要なのかも。

だから
電話してもいいですか、が
No.1になるのかな。

昔じゃならなかっただろうな、No.1に。

電話って特別なものなのかなー、
それとも
特別なものになっちゃったのかなー。
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DATE: CATEGORY:diary
しっぽを切り落とされても
生きているとかげ君。

しっぽを切り落とされても
生きなくちゃならないとかげ君。

しっぽを切り落とされても
死ねないとかげ君。

生きていくためには
何かを切り捨てていかなくちゃならないひと。
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DATE: CATEGORY:psychology
言語化できることは客観視できるってこと。
客観視できるってことは距離がとれるようになること。


すべてホントにそういえるかはわからないけど
嘘ともいえないこと。


最近考えている「言語化」について。
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